
明日より令和がスタートするわけですが・・・
30年続いた平成が終わって、明日よりは令和という新しい時代がスタートします。
新しい令和という時代がやってくるという大きな転機がやってくるという事で、どこかしら停滞感が漂う日本にとって大きな起爆剤になり、大きな変化の時代になっていってほしいと思っています。
・・・というよりまず自分自身が心機一転、今回の大きな時代の変化を起爆剤に、いろいろな意味で変わっていかなければなりません。
ただそれと同時にいつまでも変わらないでほしいと感じる事も、日本そして私自身には多くあるように感じる平成最後の1日となっています。
私の故郷・鈴鹿市磯山~白子
おとといの日曜日、三重県ウオーキング協会ホームページのコンテンツ作りの一環として、イヤーラウンドコースの一つ「鈴鹿の伊勢街道と伝統産業をめぐるコース」をまわってきました。
このコースをイヤーラウンドコースのコース紹介の第一弾として選んだ一番の理由は、自分にとって最も土地勘のある地をまわれると思ったからでした。
先日まわった「鈴鹿の伊勢街道と伝統産業をめぐるコース」は、鈴鹿市白子駅から鼓ヶ浦、そして磯山をまわるコースなのですが、この地は私が幼少期より育った、まさに故郷とも言える地です。
ただ意外とコースを回りはじめてみると、「こんなところにこんな場所あったっけ?」の連続。
中でも磯山は私にとって地元中の地元だったはずなのですが、「いったい自分は何を見て生活していたのか?」と思うほど、今まで知らかなった史跡が次々と発見されるありさま。
故郷と言うわりにはむしろ新たな発見の方が多いジョギングとなったわけですが、それでも昭和時代から続く何とも懐かしい景観に、ここ最近感じたことのなかったような気持の安らぎを感じる事ができました。
私の走りの原点のコース「舞子館コース」
一方で自分の子供のころから何も変わっていない場所も多くありました。
「鈴鹿の伊勢街道と伝統産業をめぐるコース」には白子漁港から鼓ヶ浦海水浴場まで堤防沿いを歩く箇所があります。
鼓ヶ浦海水浴場に限りなく近い場所にある鼓ヶ浦中学校は私の母校。
そしてこの鼓ヶ浦中学校から白子漁港までには、コースのスタート地点付近にある宿泊施設・舞子館にちなんで「舞子館コース」と呼ばれる約2キロのジョギングコースがあります。
この舞子館コースは中学生時代バレーボール部だった私が、早朝練習などで毎日のように走っていたコースで、まさに私にとってマラソンの原点と言っても過言でないコース。
当時はまさか自分がフルマラソンに挑戦するなど、夢にも思っていなかったわけですが、大人になってランニングをはじめてから何度か走っているこの舞子館コースが、私の走りの土台を作ってくれた事は間違いありません。
そんな舞子館コースの景色は、白子漁港の方こそ多少の変化はあったものの、基本的には驚くほど私の中学時代そのままと言っていいほど変わっておらず。
また「鈴鹿の伊勢街道と伝統産業をめぐるコース」には、中学時代の私の通学路も思いっきり含まれているのですが、これまた驚くほど景色は変わっておらず、ただただ懐かしさと心の安らぎを感じながらのジョグ。
そして結果的にこの思い出の地巡りが、私にとって平成最後のランニングとなりました。
令和に向けて着実に視界が広げてきて
そんなわけで平成も残すところあとわずかとなったタイミングで、私にとって原点の地である鈴鹿市磯山~白子を訪れる事となりました。
そして昨日は三重県ウオーキング協会関連の仕事で、志摩市の方まで行っていたのですが、この2日間であらためて気づかされた事がありました。
それは地元だと思っていた三重県ですら、実際私自身あまりにも知らない事が多すぎるという事。
そして三重県だけでなく全国各地には、古き良き日本の姿がまだまだ多く詰まっていて、それらは新たな令和の時代になっても、絶対に残していかなければならないという事。
令和と言う新しい時代になるにあたり、どうしても目新しい話題や技術などに目先が行ってしまいがちです。
ただ新しい時代になるからこそ、三重県そして日本が古くから持つ本当の良さを、誰かが引き継いでいかなければならない。
そしてここに、これから自分が進んでいく道がある・・・そう確信に至りつつあります。
平成は自分が進むべき道が見えそうで見えてこず、ただただあがき続けた30年だった気がしています。
ただ新たな時代・令和を迎えるにあたり、今の自分には確実に自分の進むべき一本の道が見えてきています。
・・・となればあとは進むと決めた道を、もう迷くことなく走っていくだけという事で、明日から始まる令和の時代は自分自身、絶対にブレることなく前に前に走っていこうと思っています!!