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肩書き

●セカンドウィンド四日市代表 ●三重県ウオーキング協会事務局次長

保有資格

●SWACコーチライセンス ●日本ウオーキング協会公認指導員

市民ランナーとしての自己ベスト

●フルマラソン  2時間45分31秒(2013年5月 洞爺湖マラソン) ●ハーフマラソン  1時間19分26秒(2012年12月 お伊勢さんマラソン)

ダイエットのつもりではじめたランニングが

諸々の理由で勤めた会社を辞めることとなった7年前。

それまでとにかく忙しくストレスでブクブク太ってしまっていた私、鏡の前の自分の姿を見てショックを受け、ダイエットのためウォーキングを始めることにしました。

そしてウォーキングを始めて1ヶ月ほどして、ランニングに移行、そして朝を中心にひたすら走り続けていると、気がつけば3ヶ月で体重はまさかの15キロ減。

調子に乗って走り始めてから半年後にフルマラソン(いびがわマラソン)に挑戦すると、まさかの3時間半切りを達成して、人生で初めてと言っていい素晴らしい達成感を味わうことができました。

そしてその後は少し伸び悩んだものの、初フルマラソンから約1年後の大阪淀川市民マラソンで、トップ市民ランナーの称号とも言われるサブスリー(3時間切り)を達成し、ますますマラソンにのめり込んでいく事となりました。

友人の勧めで指導者の資格取得を目指すことに

こうしてランニングにのめり込んでいった私ですが、同時にこんな悩みを抱えるようになりました。

アスリートでもないのに、このまま記録を伸ばしていって、どうなるのだろうか?

そんな時に友人より、「多田くんは人に物を教えるのが得意だから、指導者の資格を取ってみたら?」という言葉をもらい、すぐに調子に乗って簡単に取れそうな運動指導者の資格をいくつか取得。

こうして指導者のための勉強を続けながら、走り始めてまだ2年足らずの時に出場した東京マラソンでは、全ランナーの2%しか達成できていないと言われている2時間50分切りを達成。

東京マラソンは沿道を埋め尽くす大声援、その中で最高のパフォーマンスを発揮できた達成感は、今までになかったほど素晴らしいもので、より多くの方にこの達成感を味わってほしいと心より思うようになりました。

セカンドウィンド四日市の立ち上げ

そんな時期に合わせたかのように、東京に拠点を置き、多くのトップランナーを育てた実績のあるランニングクラブ「SWAC」より、地域にその指導ノウハウを広げるべく声をかけていただき、その時の勢いで四日市にランニングチームを創る事を志す事になりました。

その後はSWACよりランニングコーチとしてのライセンス取得のためのランニング指導ノウハウや、運営方法などを伝授いただきました。

さらに日本ウオーキング協会公認指導員の研修を受けに広島まで行き、ランニングとウォーキングの指導資格を取得した2011年8月に「らんしす」として個人事業届け。

そして11月にランニングチーム「セカンドウィンド四日市」を立ち上げる事となりました。

立ち上げ時期は順調そのもの

陸上経験なし、全くの無名だった私、しかも当時の四日市ではかなり珍しい会費制のランニングチームという事で、とにかく不安ばかりだったチーム立ち上げ時期でしたが、早い段階で運営をサポートいただける方と出会える幸運に恵まれました。

さらに新しいメンバーの方も、予想していたより多くの方に入っていただき、2011年の年末には10名を超えるメンバーがいらっしゃいました。

その後も50代の方から、20代の方まで、幅広い層の年齢の地元ランナーに入っていただき、順調にメンバーも増えていっていました。

そして私自身の走力も着実にアップしていって、2012年の洞爺湖マラソンではフルマラソン自己ベストの2時間45分36秒、その翌年の2013年も同じく洞爺湖マラソンで2時間45分59秒と、2年連続で2時間45分切りを達成。

この調子でランニングチーム運営も、ランナーとしての自分も成長していけると思っていたのですが・・・

自分の不調とともにチーム運営も停滞気味に

2013年の洞爺湖マラソンが終わるまでは順調そのものだったはずが、その直後から急に体調不良や故障が多くなり、自分の練習が思うようにできなくなりました。

そんな自分の不調と歩調を合わせるように、チーム運営にもいろいろな歪みのようなものが生じはじめ、全てにおいてうまくいかない時期が続きました。

今思えば立ち上げ期が順調すぎた事による慢心が招いた事だと分かるのですが、当時は理由がわからず、とにかく新しい取り組みをいろいろな事を試しては、失敗失敗の連続。

そして2016年11月に出場した土山マラソンでは、肉離れによる人生初の途中棄権と、ランナーとしてはこれ以上ない屈辱を味わう事になって、年末にはかなり気持ちも沈み込んでしまっていました。

2017年からは地域のつながりを重視した活動も展開

そんな私でしたが、2016年年末、2017年年始とセカンドウィンド四日市メンバーの皆さんと、タイムなど全く気にせず三重県各地の自然豊かなコースを転々と走り続けている間に、ランニングの楽しさを再認識する事に。

それと同時にセカンドウィンド四日市をチームとしてより充実させていくためには、ランナー同士のつながりを広げるだけでなく、地域とのつながりを広げていく必要性を感じるようになりました。

そんなタイミングでひょっとんしたご縁で多くのランナーやウォーカーが集まる伊坂ダム周辺施設の運営・管理などを行う「NPOやさと伊坂・山村ダム公園化推進協議会」とつながる事となり、地元のランナーやウォーカーに充実した環境を作る活動ができればと入会することに。

その後もひょんとしたご縁が続き、四日市市内の多くの市民活動団体とつながる事ができるようになり、地域でのつながりは一気に広がりました。

そして伊坂ダムのある四日市市八郷地区で運営されている全員参加型ホームページ「八郷ふれあいコミュニティ」の運営担当もさせていただく事となってと、さらにさらに地域の広がりは広がっていきました。

総合型地域スポーツクラブづくりに向けた活動を本始動

そして2018年からは所属するNPOやさとの活動の一環として、ノルディックウォーク教室を開催するなど、健康づくりのためのウォーキングやジョギングに関する取り組みもスタートし、新たにNPOやさとに文化スポーツ事業部を新設いただく事となりました。

そんなタイミングに合わせるかのように、らんしす立ち上げ時から活動に参画していた三重県ウオーキング協会の事務局次長を務めることになり、現在NPO法人化を目指して手続きを進めるなどの新たな取り組みの責任者となったりと、急激にウォーキングに関する活動内容も深い内容となってきました。

さらに四日市市教育委員会の委託を受け、八郷地区で開催された四日市ファミリーロゲイニングの運営協力を行うなど、さらに地域とのつながりを深めていっています。

今後はさらに地域スポーツの活動の幅を広げ、また同時に地域とのつながりを広げていく事で、地域の誰もが、いつでも、どこでもスポーツを楽しめる総合型地域スポーツクラブづくりを目指して、本腰を入れた活動に着手していこうと考えています!!